70年代の日本紹介動画に対する海外の反応

■概要

戦後、日本人が街を復興させ、工業を発展させると共に、日本人の生活も変化していきました。

しかし、工業で大成功を収めた後でも、日本の古い伝統は未だ人々にとって重要な存在です。

日本には未だ昔の支配者が住んでいた城が多く残っており、素晴らしい芸術品のある寺や神社があります。祭りの時には市民が参加して神社でお祝いをしています。静かなお寺は自然が感じられるようにデザインになっています。

この山や湖、森に囲まれた小さな国では、人々は限られた資源を大切にする必要がありました。

日本人は森を何世紀にもわたって保護しています。国土の2/3は植林にしか向かない山がちな地形です。

山からは流れる水は電気を生み出すのに使用されています。

日本の初期の工業は、電気を水力発電に依存していました。なぜなら他にほとんど何もエネルギー資源がなかったからです。

現在では電気のほとんどを石炭、石油、あるいは原子炉を使って生み出し、各家庭や工場に送り出しています。

電車は国中を走り、農村と街を繋いでいます。

日本は農場に出来るところが少なく、高年の人が農業をやっている一方で、若者は近くの商店や工場に働きに行きます。

しかし専業で農家をやっている家庭もいくつかあり、彼らが日本の食料のほとんどを生産しています。

彼らは収入を全て農業で稼いでいるタカツキ家です。

現在の日本人は野菜や麦、肉をたくさん食べるので、米の消費量は以前より減りました。

タカツキ家も米ではなく果物や野菜を育てるようになりました。

もちろん一日中農場で過ごすのではなく、子供たちは週に6日間学校に行かなくてはなりません。また放課後には塾に行き、夜は数時間宿題をしています。

よって日曜日は家族で一緒に過ごす貴重な時間です。

日本のほとんどの地域では冬は寒くなります。しかし農家では屋内で内職に励み、売り物にできる製品を作っています。

育てた草茎を機械に投入して、フロアマット(ござ)を編みます。

農家で作られた製品は村から街の店へと送られ、日本の他の重要な食料である「魚」と一緒に並びます

漁師には岸部で漁業をする人もいれば、沖合で漁業をする人もいます。漁師によっては大きな船に乗って、数カ月間大洋で漁をする人もいます。

毎日、漁師が釣った新鮮な魚が市場に並びます。

日本では鶏、牛、豚も育てられていますが、肉の消費量は魚や他のシーフードが半分を占めます。

シーフードの需要が高いので、日本海の沿岸は海藻や貝を養殖するのに使われています。

いかだ船が入り江に停留し、カキやホタテ、アワビなどの貝を育てています。

貝が大きくなるまで海藻を与え、その後収穫します。

これらのシーフードを育てる上で最も難しい問題は、水が工場や街から流れてくる化学物質や汚水で汚染されないようにすることです。

このような感じの孤立した漁村や山村は今の日本ではあまり見られません。

ほとんどの村の家は街の家とあまり変わりません。

大抵一つはモダンな作りの部屋があり、客をもてなしたりするのに使います。

しかしほとんどの部屋には伝統的な畳があり、ざぶとんの上に座り、低いテーブルを使っています。

夜になるとこのリビングルームは寝室に変わり、畳の上に布団を敷いて寝ます。

家によっては家族は家の一部で生活し、残りの部分が工場になっている場合もあります。

家族は大きな会社と契約しており、部品を作成したり組み立てたりします。

彼らはハンカチを縫っています。

家によっては自家製の機織り機があり、布を編んでいます。

穴の空いたカードを使って、縫い物のパターンを制御しています。

日本の製造業は100年以上前に、こういった小さな家族単位のビジネスから始まったのです。

小さな町や村を見てきたので、次はモダンな大きな街のショッピングセンターを見ていきます。

日本人は毎日新鮮な食べ物を買いに店へと向かいます。

これは台所が小さく、十分な大きさの冷蔵庫がないためです。

レストランを使うことも多いです。

多くのレストランでシーフードは特別な位置にあります。

ここは寿司屋です。

寿司はタコ、イカ、貝や様々な海の魚を使います。そしてそのほとんどは生で、米や海苔で覆われています。

平均的な家庭で、月に50ドルほどをレストランで使います。

(途中でぶつ切りになっていますが、おそらくパート2に繋がっているためです)

・ 1970年代には田舎にコンビニはなかったんだ。だから自分が東京に行った時はコンビニを見て驚いたよ。なんて先進的な街かと思ったね。時間が過ぎるのは早いと思わないかい?

まぁとにかく、この動画を見て自分の若い頃の70年代の生活を思い出したよ。古き良き日々は戻ってこないね。懐かしいよ。

良い動画を投稿してくれてありがとう。

・↑70年代に茨城に住んでいる祖母を訪ねた時は、とっても田舎だったから、パチンコをしたりおもちゃを買いに行くのに東京まで行かなくてならなかったよ。Natsukashii!

・個人的にはナレーションの視点が一番興味深かったね。

なんというか文化的に大きな隔たりを感じたよ。

おそらくインターネットによって他の文化が普通なものになったんだと思うね。

昔は「日本人は~」だったけど、今は「日本に住んでいる人は~」に変わったと思うよ。

こういう興味深い古い動画を紹介してくれてありがとう!

・70年代の日本は現在の中国に似ているな。

・↑街によるけどね。上海や北京は先進的だよ。

・↑つまり中国はまだ進化できる余地がたくさんあるということか…こいつは素晴らしいね…中国に投資するとしようか。

・70年代の子供達は今では50歳くらいになっているね。

・1950年代、1970年代、それから1980年代から現代まで日本に住んでいる外国人だけど、この動画の一番馬鹿げている部分は音楽だと思うね。

紹介された日常生活の多くは現代の日本でも田舎で見られると思うよ。良い情報をありがとう。

・地球で一番素晴らしい国だわ。

・↑これはアメリカの動画じゃないぞ。

・↑自分も同意だわ。日本は最高だね!

・1970年代の日本にはコンビニがなかったし、ショッピングモールもほとんどなかったよ。

母が食べ物を買いに行くときは、市場(英語で言うとマーケット)に籠を持って買い物しに行っていたね。

・オーマイガー、週6日間学校だって!!???やめてくれー!

・良い動画をありがとう。

自分は1990年から仕事でドイツに来ているんだけど、60~70年代のドイツを見てみたいね。

・学校でこんな感じの映像を見たことを思い出したわ。

今見て思ったのは音楽がすごいステレオタイプってことだね!

・↑あれは日本の伝統音楽だよ。

・自分は古いドキュメンタリーを見るのが好きなんだけど、その中でも日本のやつが特にお気に入りだね。

もし転生みたいなのがあるとしたら、日本で生まれたいわ。

・↑全くもって同意だわ。

・自国の田舎の人たちも、日本人みたいに法を順守して生産的であれば良かったんだけどね。

・ナイス、本当に美しい国だわ。

・今の中国みたいだな。

・音楽がドラマティック過ぎるlol

・昔の銀座のショットがいいね。今そこで働いているよ。

・良い動画だね。

自分は1958~62年と、1967~1969年の間、立川飛行場で育ったんだ。そして大和高校を1969年に卒業したんだよ。

人生で一番良い時代だったわ。

・わお、他の国と比較して大分発展しているね。

ソース

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